凸凹キャリアの営業マン
株式会社 ばんそうのクライアントパートナー部でシニアパートナーを務めている、伊藤佑馬です。
僕のこれまでの歩みは、一言でいうと「凸凹なキャリア」でした。エリート街道とは無縁だったからこそ、「営業は誰でも挑戦できて成長できる仕事なんだ」と、自分の経験を通してお伝えしたいと思っています。
このキャリアの原点は、父の言葉にあります。外資系IT企業に勤めていた父から、事あるごとに「将来サラリーマンにだけはなるな。自分の好きな仕事をしろ」と言われて育ったんです。その影響で、就職活動は一切せずに大学で興味を持ったスポーツ科学を極めようと、大学院へと進学しました。

大学院を半年で中退
そうして2013年4月に大学院に入ったものの、わずか半年後の9月には中退してしまいました。
理由はシンプルで、「コツコツ机に向かう研究者生活が、絶望的に自分に向いていない」と気づいたからです。もう一つのきっかけは、大学時代のバックパッカー経験です。「どうしても海外で暮らしてみたい」とヨーロッパで仕事を探したところ、運よくドイツで内定をもらえました。そうなると、ダラダラ大学院にいるより、1日でも早くやめて渡航準備に時間を使った方がいいと判断し、中退を決めたんです。
幸い、大学1年時にTOEICで885点を取っていたこともあり、語学や海外へ飛び出すことへの心理的ハードルは低かったですね。
いよいよドイツへ
バイトをしながらドイツ語を猛勉強し、2014年1月末、デュッセルドルフに渡りました。
4月からの入社は決まっていたので、「労働ビザなんて簡単に取れるだろう」と完全に甘く見ていました。学生あがりのバイト生活でしたから、渡航費などで貯金はほぼ使い果たし、ほぼ貯金ゼロのすっからかん状態でのスタートでした。
ビザが取れない地獄
ここから、まさに地獄のような日々が始まります。
当時は移民が殺到していた時期で、ビザの発行基準がものすごく厳しくなっていました。外国人局の窓口に行くと、担当者から冷酷に「ドイツ語もろくに喋れない奴にビザは出せない」と書類を突き返されたんです。
次の面談予約(アポ)を取るだけでも1ヶ月待ち。ようやく会えてもまた却下。貯金は底をつきかけ、家も借りられずホテル暮らしのまま。「このままじゃドイツにいられなくなる」と、凄まじい焦りに襲われました。

さらに、担当者が来週から3週間のバケーションに入ると知り、僕は完全にパニックに。そこで、「アポなしで毎日、その担当者のオフィスに突撃する」という暴挙に出ました。毎日ドアをノックしては、カタコトのドイツ語で「本当にここで生きていきたいんです!」と必死に訴え続けました。すると1週間ほど経ったある日、根負けした担当者が「もうビザを出すから、二度と来るな!」と、その場でスタンプを押してくれたんです。
異国の地で、アポなしで突撃して自分の熱意を伝え、相手の承諾をもぎ取った。この経験こそが、僕にとっての「営業の原体験」になりました。
ドイツでの仕事
無事にビザを勝ち取り、働き始めたのは輸入食品商社でした。
日本食材を仕入れてヨーロッパ各地の企業に卸すB2Bの営業で、時には自らトラックを運転して配達もこなすタフな仕事でした。ここで3年ほど必死に働きましたが、現地採用と、日本の本社から来る「駐在員」との間にある、待遇やキャリアパスの圧倒的な壁に直面します。「このままではこれ以上のステップアップは難しい」と悩み、現地の先輩からの「一度日本に戻ってビジネスの基礎体力をつけた方がいい」という助言を受け、帰国を決意しました。
帰国、そして迷走
ただ、日本に帰ってきてからのキャリアは、まさに右往左往の連続でした。はたから見れば、完全にジョブホッパー(転職を繰り返す人)です。
まずは海外営業の経験を活かそうと、印刷機メーカーの海外営業部に転職しました。しかし、実態は海外子会社の管理業務で、自分がやりたかった攻めの営業とはギャップがありました。さらに、その会社の昭和的で保守的な企業文化に、ドイツ帰りの自分はどうしても馴染めず、2年で見切りをつけました。
食品業界へ戻る
次に選んだのは、これまでの経験が活きる食品業界、食肉の輸入原料商社でした。得意のスペイン語を活かして中南米や欧州のサプライヤーを相手にする、非常にエキサイティングで楽しい仕事でした。
しかし、ここで新型コロナウイルスの蔓延という想定外の事態が起こります。海外渡航は禁止になり、業界の先行きも不透明に。ちょうどその頃、結婚して子供が生まれたばかりで、「家族を養うために、このまま不安定な業界にいていいのか」と強い不安に襲われました。その後、機能性食品原料の会社にも転職しましたが、やはりコロナ禍の消費落ち込みは激しく、給与も上がりにくい現実を突きつけられました。家族を守るため、僕は長年こだわってきた食品や貿易の世界から、思い切って舵を切る決断をしました。
コンサル業界へ
そうして、これまでのキャリアをガラリと変え、現在の仕事である「コンサルティング・アドバイザリー業界」の営業職へと足を踏み入れることになります。

<後編に続く>


