登壇者

日下企業経営相談所 代表
日下 智晴 Tomoharu Kusaka
1984年神戸大経営卒、広島銀行入行。 支店勤務後、資金証券部で債券ディーリングを担当。その後5年間の法人営業を経て97年総合企画部。事業の再構築や新規開始、取引先の事業再生、資本調達、M&A、IRなどを幅広く担当。融資企画部長に転じ事業性評価手法を確立した後、大阪支店長、リスク統括部長を歴任して広島銀行を退職。 15年11月金融庁に入庁し、初代地域金融企画室長。 金融仲介機能の改善や地域金融の改革に取り組み、21年9月金融庁を定年退職。 21年10月より日下企業経営相談所を再興、代表就任。

株式会社ばんそう 代表取締役CEO
松田 克信 Katsunobu Matsuda
都市と地方企業の協業
地域のプレイヤーと東京のプレイヤーとの協業は繋がりをより重層的にしていくことが重要だと考えます。仕事上の繋がりは表面的にありますが、それに加えて、出身地や、それ以外の複数の繋がりという切り口を持つ人を探すことが一つ挙げられます。人はより親しい人としっかりと話をしたいという思いを常に持っているため、単なる仕事上の繋がりだけでなく、プラスアルファの繋がりができることが望ましいです。 むしろ、最近注目しているのは、ローカルとローカル、つまり地方の人同士が交流することです。東京から地方への交流が数も質も最も多いのは間違いありませんが、地方同士の交流は注目に値します。昨年から何度か聞いている事例ですが、東北の人が自ら体験した震災の話を伝えるために他の地域に行き、そこで新たな交流が生まれ、新しい価値が生まれるということが起きています。親しい地域ができたならば、そこからさらに横に展開していくような流れも生まれる可能性があります。

連携のためのコアプレイヤー
金融時代に全国47都道府県すべてを訪問しましたが、訪問前には「どなたに会ったら良いか」を下調べするようにしていました。ケースは様々で、ある時は大学の先生、ある時は商工会議所の事務員、ある時は金融機関の人、あるいは行政の人など、様々なケースがありました。例えるなら幕末の志士が各地に出てきたような感じです。
個人で思いのある人が行動を起こした結果、その地域で目立った人になっていると考えます。そういった人と繋がることによって、一気にネットワークが広がることも経験しました。
その地域ではあまり経験されていなかったような事柄をうまく「インストール」し活性化させていくようなプレイヤーが一人でも多く出てくるべきだと考えますが、一方では、それを受け入れるという点で地域側もしっかりと心がけていく必要があります。その両輪が合致すると、非常に面白い動きが出てきます。
かつて、地方銀行や、新聞社を代表とする地方のメディアが、これらの繋がりを作る上で非常に重要な役割を担っていたと思います。しかし、現在、その側のパワーが動き出し始めているとはいえ、まだ少し足りないように感じます。地域の人が自身の職業プラスアルファの人生を持つことにかかっています。地方に務めていた際に職業とは関係なく酒造りにも関わっていました。その結果、2つのコミュニティの中に自分が置かれていました。もし地方銀行の職員として一つのコミュニティだけで生涯を送ってしまうと、もう一つのコミュニティ、ひいては地方活性化の足がかりが十分でなくなる可能性が考えられます。これからは兼業・副業の時代になっており、現在はほぼすべての地方銀行が兼業・副業を認めていると聞いています。

地方に必要な意識の変化
金融時代から現在行っている「ちいきん会」という取り組みがあります。これは地域の金融機関の職員や行政の職員などが中心となって、肩書きを外して交流するというものです。 この「肩書きを外して」という点がポイントです。大企業に勤めていると、組織内の上司部下、経験の差など、ある種の序列が生じます。地域の活動に参加するにあたっては、いかにフラットな関係に入っていくかが非常に重要です。 このフラットな関係に置かれた時に、自分が何ができるのかを体験していくことが大切です。私は2015年に東京に来た際、東日本大震災(3.11)のボランティアに行った人が相当数いることに気づきました。その人たちに聞くと、ボランティア活動をして初めて自分の役割ややりたいことが見つかった、という話を聞くことが多かったです。
ボランティアは、まさに皆が同じ立場で、フラットな関係の中で自分が汗を流す行為です。そういった体験を一度でもしたことのある人は、それが人生をいかに豊かにしてくれるかを理解できます。 これからは兼業・副業の世界に出た時、いかにフラットにその地域の人間環境の中に溶け込んでいくかが鍵になります。フラットになろうとすると、当然多様性を受け入れていかなければならないため、自分の価値観と違う人とでも付き合っていくことが重要です。
2014年に最初にまち・ひと・しごと創生本部ができ、地方の人たちが物事を考え始めた時、課題から入ってしまったのです。
「我が町にはこういう課題がある」といったように(人口減少をはじめとして)、課題から物事を考え始めると、だんだん煮詰まってしまいます。外部のコンサルタントに依頼して課題をさらに細分化すると、袋小路に入ってしまうという事態が起こります。 これに対し、世間では「よそ者、若者、馬鹿者」という言葉が流行しました。これは視点を変える必要性を示しています。よそ者(外部の人が入ってきて地域を見る)。若者(今までになかった新しい視点で取り組みを変える)。馬鹿者(リスクを恐れずにチャレンジする人)。 視点を変えることが重要だと提唱された後、現在では、課題を見ながら地方創生を進めるよりも、課題ドリブンから資源ドリブンに物事が変わってきているのが実情だと思います。 そうなると、地方には非常に良いものがあるため、それをどう生かすかという観点から、初めてマーケティングの視点などが入りつつあり、これは非常に良い傾向だと考えます。

地域活性化の成功例
活性化がうまくいっている成功事例はたくさんあります。県単位、市町村単位、集落単位など様々ありますが、それぞれの地域ごとに注目されているところがあります。 まち・ひと・しごと創生本部の後、国の組織が変わり、現在は地方創生2.0という形で新しい交付金も出されていますが、それを上手に獲得して活性化につなげている例もあります。 具体的な事例として、山形県の西川町には、私の金融時代の同僚であり、現在のちいきん会の仲間である菅野町長がいます。彼は町長になり、地方を変えた一人だと思います。このように、首長が変わることによって変化が起きる場合もありますし、外部の人が入ってきて変えているケースもあり、そのような事例は増えてきています。
変化が増えているのは事実ですが、問題はそれが持続するかです。これは次のフェーズで考えなければなりません。そこで国土交通省が新たに始めたのが、昨年法整備された二地域居住の推進です。これは、できれば東京の人たちに、もう一つの地域に住んでもらうという取り組みとして昨年スタートしました。 いかにこれを持続的なものにしていくか。関係人口をさらに一歩進めた二地域居住者をどうやって増やしていくかというところにフェーズが移っていると考えます。 地元や地域創生と言いながら、地元地域を置き去りにした動きにならないような形で受け入れたあと、長い関係を継続していくことが重要です。

<Part3につづく>


